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2004年11月23日

上海

04112306.jpg島耕作に言わせると「1年間に他の国の7年分成長している」らしいですけども、ほんと活気あふれる街でした。

話に聞く『車優先』の交通事情に圧倒されました。クラクションとパッシングと信号無視の嵐。とくにバスですね。日本でバスというと、気弱なゾウさんというか、何かに抑圧されてるようにすら思えるほど気を使いつつ走ってる印象が僕にはあって、それだけに、デカいのがクラクションを鳴らしながら突っ込んでくるのはけっこう新鮮で(笑)恐かったです。タクシーの左折(右側通行です)にも客として乗っていてさえ、ときに恐怖を感じました。車どうしのツバぜり合いは言わずもがな。よく事故らないもんだなぁと感心してたのもつかの間、ぶつけてやじ馬が集まってる、あるいは渋滞してる場面を3回見かけました。なーんだ、やっぱ事故るんじゃん、と。

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僕にとっての5日間のハイライトは、リニアモーターカー(笑)。滑るように加速しつづけ、最高時速は430キロ! わずか8分足らずの体験ですが、僕は子供のように窓にへばりつき、消え去る景色と速度表示を交互に見ながら興奮してましたです。

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とある大名旅行に帯同させていただいて宿に観光に食事にといろいろ便宜を図ってもらい、たまにはいいもんだなぁと思いました。が、こういうのに慣れちゃうと、何だか心のどこかが麻痺しちゃいそうだなぁ…とか思ったり。さんざん楽しませてもらって何をぬかすか、って感じですけどね。

ともあれ年の瀬を乗り切るだけの英気を充分に養えたような気がします。

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2004年10月16日

チリ(3)

旅のお供。

血と骨〈上〉 血と骨〈下〉 陰の季節 ファミコンミニ リンクの冒険

往復44時間、飛行機に乗りました。半分以上は寝てたんですけども。それでも本は3冊とも読了。

『血と骨』、こういう長旅用にと積んでた文庫を持ち出してきたんですが、これは失敗でした。いや、じつに面白く、やめられない止まらない〜っと没頭したんですけども、淡々とした文章によって植えつけられた強烈なイメージが機中の浅い眠りに良からぬ影響を及ぼしたものか、夢見がひどくひどく悪かったのでした。帰りはとくに乱気流で飛行機揺れまくるし。僕の夢のなかでは3回は確実に落ちてます。

ビートたけし主演で映画化されるんですね。彼の演技は大好きですが、あの金俊平の肉体を演じるには年齢的にも体つきからしてもどうなのだろう?と勝手なことを思ってたんですけども、テレビでちょっと予告が流れて、うわぁ体つくってるなー、これならいけるかも…と驚き、期待を持ちました。本人「ドーピング」とか言ってましたね。

アトランタ経由、デルタ航空を利用しました。各シートに(前座席の背中に)ディスプレイが付いてる飛行機に乗ったのは僕、はじめてだったのでした。トム・ハンクス『ターミナル』はトボケてて楽しかったです。飛行機の時間つぶしにはこういうのがいいんでしょうね!

んでリンク難しすぎです。中学生の僕、本当にクリアしたの?これ。

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チリ(2)

チリのひとたち
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サンチアゴの新市街(お金持ち地域)以外では東洋人の姿がさほど目につかないらしく、すれ違うひとたちにはしばしば好奇の目で眺められるか、遠くから「Chino!(中国人!)」と叫ばれます。


チリのケーブルカー
04101607.jpg坂の多い海辺の街バルパライソでは、「アセンソール」というケーブルカーが足代わりに。100ペソ(20円くらい)。この日は残念ながら天気がいまひとつでした。
→南米散策: バルパライソ
晴れるとこんなふうに奇麗なんだろうなぁ。

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チリの果物
04101611.jpg後ろ手にオレンジおじさんズ。かわいくてつい撮ってしまいました。安くて美味しくて果物いっぱい食べました。チリモジャのオレンジかけが最高です。
→チリモジャ

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2004年10月11日

チリ(1)

04101101.jpg南米チリに行ってきました。かの地でポップアイドル(?)になってしまった先輩が、ずっと自宅に泊めてくれたうえに10日間仕事を空けて飲み食いに観光にとつきあってくれたのでした。

飛行機に22時間ゆられて着いた先には、大都会サンチアゴがありました。貧富の差が激しく、表立っては見えにくいけれど社会的な階層が明らかにあり、それによって人々は住む地域や仕事や人間関係を限られているとのことでした。

04101102.jpg日曜の朝に到着したので、時差ぼけ防止もかねて旧市街の蚤の市に連れていってもらいました。サイズの不ぞろいなネジや、車のクーラーについていたらしき調節ツマミや、ただ色鮮やかなだけの空缶はゴミにしか見えず、過去に売れたことがあるようにも思えず、しかし市には大いに活気があって、寝不足でとろとろ歩く僕は違和感を覚えるのでした。もし僕が19歳だったなら、自分が何者であるのかだとか自分はなぜいまここにいるのかだとか、そんな他愛もないことを考えているにちがいないと思いました。しかし僕は、自分の預かり知らぬところでそれぞれ壮絶に人は生きているらしいということをぼちぼち知っているので、ああここにも暮らしがあるのだなと、ただ淡々と思い歩きつづけました。

04101103.jpg…なんか普段と調子が違うなぁ。書くのひさしぶりだからでしょーか。
午後には、先輩の誕生日パーティ(ファンクラブ主催)なるものがあり、隅のほうにオマケ参加させてもらいました。もうファンの子たちがみーんなかわいくていい子たちで。CDを送ってもらっていたとはいえ、彼がひとり南米に渡り、歌って踊って子供にウケているという冗談のような話を信じきれていなかった僕は、たぶんここで初めて心から納得しました。疑ってごめん(笑)

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