空気を読む
偶然きょう1日のうちに、「空気(雰囲気)を読む」という表現を3つ、目にしました。
◆CommentやTrackBack、過去ログに対する管理者の見解がわかりにくく、空気を読んで機を逸することがほとんどです。
◆書き込む人は本来空気を読む必要なんて全くないし、自由な考え方で掲示板に接して然るべきです。これが建前。しかし僕の本音の部分ではなんとかして空気読んでくれないかなと思っていたわけです。
◆雰囲気位読める力を身に着けてください。嫌われたくなかったら。
面白いので、僕がブログ遊びをするうえで普段ほとんど考えない(考えることを放棄している)類いのことを、ちょっと書いてみようと思いました。
この3つの文章におそらく相関はないですが、いずれも、コメントや掲示板などにゲストが書き込もうとするその前に「読む」べき「空気」、という文脈で書かれています。ふーむと思った僕は、自分が、自分のことを知らない訪問者として初めてここ(ブロッグ崩し)にやって来た場合、どんな「空気」を感じるだろうかなどと考えてみました。
コメントに限って言えば、「オフラインでの知り合いっぽいひととの楽しげなバカ話」と、「bloggerさんとのコメント・トラックバック御礼/今後ともヨロシク系ていねいなやりとり」の二極化は見えるものの、管理者がここにどんな「空気」を漂わせたいと思っているのかまでは伝わって来ないような気がします。なので、上記、最初のコメントを書かれたittanさんのような、ゲストとの/自分がゲストである場合のホストとの関係性に誠実な方のために、小さな声でここに宣言します。「気安くコメントしてくださいね。特別な空気なんてここにはありません。ayumというヤツがどう判断するかよりも、自分が何かしらを『書き込む』ことによって楽しさを得られそうなら、そちらを優先させてください。そんな程度の場所です。」
ただし宣伝の類いや、僕を悲しませるものは消します。空気以前に日本語読めないバイアグラさんやロリータさんたちも削除です。
追記、
そんなことを考えるにつけ、自分が1つ前の文章で書いた「最後にすみませんが私信を。」というフレーズがどうにも気持ち悪いのです。こんな(相手こそ時によって違えど)私信そのものを寄せ集めた場所で、いまさら何が「私信すみません」かよ、という。我が自意識過剰っぷりにヒヤヒヤ汁が出っぱなしです。自戒をこめてそのまま残します。
ブログ遊びというのはいいですね。肩の力抜けた感じで。うちでも使ってみたいと思います。
コメントは難しいですよね。正直、今このコメントも結構悩みながら書いています。自分のとこのエントリーの方が気楽ですね。(笑)
「空気」って言うからてっきりシングルアルバム同時リリースおめでとう~!的ねたかと思いました。 てへ。
楽しいのでやっぱり遊びなのでしょう。
けれどブログとかその周辺についてのメタな考察は、僕にはできないです。賢者たちにおまかせ。
「オレか!? オレは喰うだけ」(ジュウザ)
里菜さんってよく知らんのです…。浜崎さんの亜流?